サッカーから学ぶ組織の在り方
FIFAワールドカップ2026を6月に控え、私のサッカー熱は高まり続けています。森保監督は代表監督として100試合をこえてチームを率い、今やワールドクラスの実力を有する日本代表を作り上げ、日本サッカーの歴史に新たなページを加えたと言っても過言ではないでしょう。ただ、忘れてはならないのが、ジェフユナイテッド市原・千葉での監督経験を経て、2006-07年に代表監督に就任し、「考えて走る」をスローガンに、日本の強みである俊敏性や積極性を活かした速いプレースタイルのサッカーを目指したボスニア・ヘルツェゴビナ出身のイビチャ・オシム監督です。
「ポリバレントな選手」とは?
オシム監督が日本代表を率いていた当時、頻繁に口にしていた言葉に「ポリバレントな選手」があります。「ポリバレント」は、科学用語「Poly(複数の)+ Valence(価数、原子価)」を語源とし、複数のポジションをこなすことができ、どのポジションでもチームに貢献できるスキルを兼ね備えた多役な選手のことを意味します。一人の選手が複数のポジションでプレーできれば、チームとして多様な戦術やゲームプランを実行できます。
また、試合中でも選手交代をせずにフォーメーションを変更したり、同じポジションでも攻守にわたり複数の役割をこなすことができることで、ポリバレントな選手がチームに与える影響は多大。「スペシャリスト」とは対する概念とも言え、多くのポジションを高いレベルでプレーできるポリバレントな選手は、監督・チームにとって有難い選手とも言えます。クラブや代表で活躍したオシムチルドレン(懐かしいですね)のポリバレントなプレイヤーは言えば、阿部勇樹選手や長谷部誠選手が代表格として思い出されます。
変化に強いポリバレントな集団
現代サッカーは頻繁にポジションチェンジが行われ、相手チームの戦術や選手のコンディションに応じて準備していたプランから別の戦い方を強いられるなど、変化の激しい競技に進化しています。オシム監督が志向する「考えて走るサッカー」において、選手たちが状況に応じて複数の役割を担うことは不可欠な要素でした。その中で、ポリバレントな選手というのは単に便利で都合のよい穴埋め担当ではなく、変化に柔軟なサッカーを実現するためのコアコンピタンスだったわけです。
あえて業務範囲を狭めない。多役と多価を目指したい
スマイルズでは、かねてより得意と特異を活かしたポリバレントな多価人材たちで在りたい!と明言してきました。一人三役四役は当たり前で、みんな何でもやるんだよ!と(笑)。
なので、グラフィックデザイナーは、自身がデザインを手掛けたフライドポテト業態やたこ焼き業態の売り子を務めますし、広報はコンセプトのコピーライティング、インナーブランディング施策の実行、式典の司会進行まで何でも盛り上げます。クリエイティブディレクターは企画や戦略立案に留まらず、厨房に入って仕込み・調理・商品の提供に至るアタマからオシリまでつくったブランドの面倒を見ます。プロジェクトマネージャーは、自分で財布ブランドのネーミングを考え、ロケ地を選んで各種手配を行い、自らカメラマンとして撮影をし、その晩にはレタッチを済ませ、クライアントにプレゼンをしちゃうなんてことも。
組織としてポリバレントを推奨し、各人の多役化を支援する。徐々にポリバレントを増やしていき、全員がポリバレントを良しとして思考&実行することを当たり前にしていきたい。
少人数でも、あれもこれも叶うのが理想的
ポリバレントなメンバーとプレイスタイルであれば、限られた人的リソースで幅広い案件カテゴリーかつ様々な業務範囲をこなすことが可能です。また少人数のため、密度高くコミュニケーションをとってプロジェクトを進められますし、途中で何かしらの変更があった時にも応対しやすく小回りが効きます。(柔軟性)
逆に専門業務はスペシャリストに頼まないといけないとなると、会社に抱える人員数が大きくなり、経営的には販管費のコストが重たくなります。外部へ発注する場合も、アウトソーシングする単価や依頼や手続きなど手間を含め効率は悪くなるケースが多いでしょう。またポリバレントなチームであれば外部へ仕事を頼む際、知見の広さから芯を食った外注や適格なディレクションが可能です。(効率性)
個人が複数の役割を担うことで、お互いのポジションをカバーし合えれば、誰かが忙しかったり・体調不良などで思うように動けないときでも、滞りなく業務を遂行することができます。ポリバレントによって組織に安定がもたらされます。(安定性)
さらに、多役な人材でチーム組成ができていれば、問題や課題に対して複数の視点や角度から思考したり、議論することが叶います。アウトプットの局面においても、様々な切り口のアイデアや制作物が提案できたり、具現化できることでプロジェクト全体の品質が高まります。(多角化)
専門集団による完全分業も、一つの組織の在り方だと思います。お互いにスペシャリストとして、自分の領域を死守し合う。自分の仕事の責任を果たすことやプライドをもって取り組むことは賛成です。しかし、専門化が進むことで境界線が引かれてしまい相手の仕事に口が出せなくなったり、各セクションの専門性が高度化することで情報が全体に回らなくなったり、人材配置が固定化するなど組織がタコつぼ化してしまうとモッタイナイ。多少組織としては曖昧だったりカオティックであっても、越境やおせっかいが行われる状態を良しとしたいものです。
個人にとってもポリバレントはエクセレント
ここまでチームにとってポリバレントが理由を書いてきましたが、ポリバレントは個人にとっても価値があります。複数の役割・ポジションを経験することで、社員はより多くの経験を積み、総合的な能力を向上させることができます。多役化によって関わる人や触れる情報も多様化するために、ネットワークが拡がって機会が増えることに繋がります。
一方、何か1つのことを極めたスペシャリストは勿論素晴らしいですが、専門家は期待値がその専門領域に限られるので、専門領域の仕事しか依頼が来ません。その領域が普遍的かつ領域内のトップ・オブ・トップであれば、仕事に困ることはないでしょうし、ひたすらその仕事を突き詰め続けていきたいのであればいいかもしれません。ただ、発注者の立場からすると、専門家に専門外を頼む必然性がないため、専門家は自己拡張の機会は乏しくなりがちです。
市場環境・労働環境・技術革新がめまぐるしいVUCA(予測が困難で不確実性が高い社会やビジネス環境)の時代なんて言われる昨今においては、あれもこれもできるポリバレントさが自身のキャリアを安定させ、次への可能性もひらいてくれるのではないでしょうか。
歯ブラシ型キャリアなんて、どうでしょう?
世の中には、「T型(1つの専門性+幅広い知識で、特定の領域で活躍する)」や「H型(2つの専門性に橋を架け、新たな価値を生む)」といったキャリアの類型がありますが、私は自分のキャリアを「歯ブラシ型」なんて呼んでみています。20代後半、いま手掛けているコンサルティングやブランディングの仕事のスタートラインに立った時、できることはプロジェクトマネジメントだけでした。(本当に恥ずかしいくらい、デザインや建築、WEB、PR、ブランディング、ビジネスストラテジーなどに関して、知見はありませんでした…)そこから、案件を通じて1つ1つ知識と経験を得ていく過程で、ふと「自分のキャリアは歯ブラシに似ているのでは?」と思う瞬間がありました。
横軸にプロジェクトマネジメントがあって、それを土台として複数のスキルや経験を並べていく。土台から立ち上がる知見は1~2つではなく、あれもこれもあることで他と違った人材になれやしないかと考えました。
振り返れば、「自分が進む道は、建築×プロジェクトマネジメントだ!」というように、何かを志せていればカッコよかった気もしますが、どちらかというと「雑食×飽き性」な性格もあって、1つ1つの知識と経験は細く頼りない(苦笑)しかしながら、沢山あるぞ!というイメージでした。小規模ベンチャーも巨大官僚組織も知っている、現場にも経営にも興味がある、どんな業界のコンサル・ブランディングもやってみたい、ある種の節操のなさゆえ独自の「歯ブラシ型キャリア」が誕生したのかもしれません。
これからもっと様々な経験を詰んで自分自身がブラッシュアップされていった先には、プロジェクトマネジメントの土台が小さな知見でいっぱいになり歯ブラシ型を越えて、くし(櫛)のようになれるかもしれません。その時は「くし型キャリア」なんて言ってみたいと思います。
『リスクを冒せ』『チャレンジしろ』
オシム監督はこんな言葉も残しています。『リスクを冒せ』『チャレンジしろ』。それまで保守的とされていた日本サッカーを変えるため、ミスをしないようにプレーしがちだった選手たちのマインドを変えるためのメッセージでした。
スペシャリストの方が、肩書が明確だったり、「私は〇〇をやっています!」と語りやすいのは間違いありません。多役は、何者だと一言で説明し難い。また多役化することに対して、進んできた道や登ってきた階段の脇にそれるような感覚や心配があるかもしれません。リスクがあると思う人もいるかもしれませんし、自分には難しいと思うかもしれません。でも、勇気をもって踏み出すことで、今までに無かった道がひらけ、これまで見られなかった景色がひろがるんだと思います。
全ての過去を糧にして 自分の手札に置き換える
器用貧乏と言わないで ポリバレントと呼んでみる
自分を小さくまとめない 役は多い方がいい
リスクはキケン!と避けないで 未知へのリーチと思い込む
他と違うは可能性 独自路線で運を掴め
PROFILE
吉田 剛成(よしだ たけなり)
株式会社スマイルズ 取締役/CHRO
2008年スマイルズ入社。Soup Stock Tokyoでの店長業務、人事部採用担当を経て、2013年から2015年にかけては、スマイルズの交換留職で経済産業省クリエイティブ産業課へ出向。中小企業の海外展開事業や海外向け情報発信の立ち上げに参画。現在は外部案件のコンサルティング、企画・プロデュース、ワークショップなどを担当。取締役として組織づくりや事業企画にも関わる。時折ダジャレや韻をベースとしたコピーライティングも手掛ける。大きな声では言えないが姑息さを兼ね備えたプロジェクトマネジメント術にも定評がある。週末は息子のサッカークラブサポーターが趣味。